パリ2024オリンピック 総合馬術団体・銅メダリスト🥉田中利幸選手と🌸根岸淳監督が来苑
2024.09.11
8月21日(水) はなぶさ苑にパリオリンピック馬術種目🏇で92年ぶりメダルを獲得した「初老ジャパン」の🥉田中利幸選手と🌸根岸淳監督(いずれも乗馬クラブクレイン所属)が来苑されました。
今回の来苑のきっかけは、92年前(1932年)のロス五輪で馬術障害飛越競技で金メダルを獲得した西竹一氏(通称バロン西)の甥にあたる当法人の松本理事が、メダル獲得のお祝いの手紙を送ったことが縁となり、田中選手が手紙のお礼とメダル獲得の報告を兼ねて実現しました。
25周年記念棟の1階では職員がお出迎えし、持田理事長のお祝いと歓迎の挨拶、田中選手へ💐花束贈呈💐の後、歓迎式が開始されました。
田中選手は、福岡県出身。中学3年生から乗馬クラブクレインで乗馬🏇を始め、今回のパリで3度目のオリンピック出場。
根岸監督は、埼玉県出身。2012年ロンドンオリンピックには選手として出場し、パリオリンピック代表監督に就任。埼玉県伊奈町の「乗馬クラブクレイン」に勤務されたこともあるそうです。
松本理事は「92年前の金メダル獲得から今回のパリオリンピックでメダルを獲得していただき、伯父の記憶に再び光を当ててくれたことに感謝いたします」と祝福と感謝の辞を述べました。
田中選手はオリンピック3日目に急遽出場を宣告された時の事を「ミスできない、自分がチームに勢いを与え、他国にはプレッシャーを与えないといけない」「自信はあったが、緊張とプレッシャーとの戦いもあった」と試合当日の心境を語ってくれました。
根岸監督はアクシデントが起きた時も「監督という立場は決断をしなければいけない立場だが、誰が出場してもベストな選択ができる自信があった」田中選手の出場を決めた時も「交代で3位から5位に順位を落としても、より上位の色のメダルを取りに行く」と意気込みを選手に語った。選手と競技馬への信頼が決断となり今回のメダル獲得につながった。と熱く語っていただきました。
松本理事から伯父は愛馬「ウラヌス」と寝起きを共にしたとの話を受け、田中選手は相性の良い馬を探し10頭目で愛馬「ジェファーソン」とめぐり逢えた事などエピソードを披露し馬術競技の魅力を語ってくれました。また根岸監督からは「海外遠征が多い競技馬や競走馬にも人間と同じパスポートがある」など驚きの事実をお話いただき、職員は感嘆の声をあげていました。
松本理事が伯父のバロン西から形見にと譲り受けたバッジと、田中選手の🥉銅メダルを見せ合う場面もあり、終始和やかな雰囲気でした。
田中選手は、「西 竹一さんは、日本馬術界にとってレジェンド」「西さんはロスで金メダルを取りました。そして4年後の五輪もロスで開かれます。ええ、やりますとも!!」 と4年後の決意を明かしてくれました。
はなぶさ苑の創業以来、初めてメダリストをお迎えすることができました。田中選手、根岸監督はじめ、乗馬クラブクレインの関係者の方々に感謝いたします。
乗馬クラブクレイン|乗馬体験実施中 (uma-crane.com)
Toshiyuki Tanaka(@toshiyuki.tanaka.02) • Instagram